初めてのフィリピン(2005年)

2005年5月のゴールデンウイークから始まったフィリピン旅行。ここから私の人生が大きく変わっていく事になりました。

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10年ぶりの海外旅行が何とフィリピン。あまりにもインパクトが大きすぎた。1か月後ハワイに旅行したが感動が少なかった。まさかこの度で私がP型重症患者になるとは夢にも思いませんでした。

初めてのマニラ

この時のマニラは想像以上に治安が悪かった印象です。道路で人が寝ているのは当たり前。道路でまな板をだしてキュウリを切ったり調理して、それを家族で食べていた光景もよく見ました。

人々の生活を観察していたら日本の昭和時代の面影が頭に浮かびました。

初めて見るジープニー

エルミタ・マラテ地区

なんじゃ~こりゃ~

マニラの第一印象

くさい、うるさい、危ない

初渡航はカルチャーショックでした

 

マニラまで来て何故Pパブなの?

中部国際空港から初めてマニラへやってきました

先輩の市川さんが現地ガイドと一緒に迎えに来てくれました

便は深夜着のノースウェストでした

初めてマニラに到着してからホテルチェックイン

そしてKTV ?

KTVオーディション

彼女はもと芸能人

日本人ガイド

こんな頃、日本国内でもフィリピンパブが全盛で若い娘もたくさん日本で働いていた。何故マニラまで来て日本のフィリピンパブと同じような店へ来なければいけないか理解できなかった。

マニラまで来て何故Pパブなの?

LAカフェ

今一盛り上がらず今度はLAカフェへ連れて行かれました。そしてLAでエキサイトする。

日本では味わえない雰囲気に圧倒されフィリピンが好きになるキッカケとなる出会い系BARでした。

マニラ初の女性

★LAカフェで盛り上がる

雰囲気が異国情緒満載。この時P型ウィルスに感染
バーファイン彼女の値段より日本製ゴムの値段の方が高かった

物価が読めない

ミンダナオの彼女



アイラちゃん

何とミンダナオ島のジェネラルサントスから来てくれました。そして一緒にマニラ観光することになりました。



★シティステートタワー


翌日、ミンダナオのジェネラルサントスから彼女がやってきました


彼女とは日本のPパブで昔からの知り合い


まさかミンダナオからやってくるとは…

シティ・ステートタワーホテル

シティ・ステート・タワーHOTEL

●住所;1315 A A. Mabini St, Ermita, Manila, 1000 Metro Manila, フィリピン
●Tel;+63287089600

位置図

初めてのフィリピン旅行で泊まったホテルで2階にはカジノがありました。そして1階フロントの隣には旅行代理店がありチケットなどを販売していました。

毎朝ホテルの前からバタンガス行きのバスが出ていました。よくそのバスに乗りバタンガスへ行き、そこからボートでプエルトガレラへよく行ったものです。

リサール公園

リサール公園(Rizal Park)は、フィリピン・マニラの中心部に位置する、歴史・文化・自然が融合した象徴的な都市公園です。地元では「ルネタ公園(Luneta Park)」とも呼ばれ、面積は約58ヘクタールと、フィリピン最大級の広さを誇ります。

歴史的背景とホセ・リサール
  • フィリピン独立運動の英雄 ホセ・リサール が1896年にスペイン軍によって処刑された場所。
  • 公園中央には荘厳な ホセ・リサール記念碑 があり、彼の遺体もここに埋葬されています。
  • 近隣には ホセ・リサール博物館(サンチャゴ要塞内)もあり彼の遺品や遺書が展示されています。

2005年ゴールデンウィーク

 

 

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マニラ動物園

マニラ動物園(Manila Zoological and Botanical Garden)は、当時もフィリピン・マニラ市マラテ地区にある5.5ヘクタールの都市型動植物園として運営されていました。

基本情報(2005年当時)
  • 所在地:Adriatico St, Malate, Manila, Metro Manila, Philippines
  • 面積:約5.5ヘクタール
  • 施設の特徴
    • 昔ながらの檻で飼育される動物たち。
    • 小規模ながらも象、ワニ、鳥類、爬虫類などが展示されていた。
    • 園内には人工池や簡易な遊具スペースもあり、子ども向けのふれあい体験も提供されていた。
状況と課題(2005年時点)
  • 施設の老朽化:手入れが行き届いていないとの批判が多く、動物の福祉や衛生面に課題がありました。
  • 再生計画の兆し:2015年には15億ペソをかけた民間合弁による再生計画が報道されましたが、2005年時点ではまだ実現していませんでした。

地元のPパブ通いで知り合った彼女

まさかミンダナオから来るとは

感動

この時からP型ウィルスに感染

重症患者に…

マブハイ

★乾杯

これがフィリピンスタイルの乾杯

エルミタのステーキハウスにて

スービック

フィリピン・ルソン島スービック(Subic)の街の様子は、かつての米海軍基地跡地を活用した「スービック湾自由港区(Subic Bay Freeport Zone)」として発展を遂げていた時期で、治安・インフラ・都市整備の面でフィリピン国内でも特に整った地域とされていました。

ゲート



この先が居住区



入口ゲート

オロンガボ(街の雰囲気と生活環境)

  • 治安の良さ:フィリピンでは珍しく、女性が一人でジョギングできるほど安全な街とされていました。
  • 交通手段:ジプニーやトライシクルの代わりに、FB(バン型乗り物)やタクシーが主流。運賃は区間制でぼったくりの心配が少ない。
  • 都市景観:広い道路、整った街並み、アダルトエンタメ禁止など、フィリピンらしさを感じさせない“モデル都市”として注目されていました。

日本人ガイドと運転士(フィリピン人)3人で来ました

こんな頃スービックは日本人の年金生活者の移住先として有名だった
 
★街の感想
この街に来た時感じたことは人々の目が生き生きしていたことでした(パワーを頂いた)
街並みもよく3階以上の建物がなかった記憶です
活気ある街

とにかく日本と違って若者が多い事

人々の目が生きているという感想でした

街並み

 

日本の商店街と比べると街が生き生きしている

 

 

市場

スービックのビーチ

こんな頃は英語が全く話せませんでした。でも子供たちとコミュニケーションをとるために中学時代に習った英語のフレーズを話したら何となく会話が成立した。

この時に日本に帰ったら絶対に英語学習しようと心に誓いました。

マニラから日本人ガイドと共に運転手付きのレンタカーでスービックへ

★スービックのビーチにて

日本人ガイド(写真左)と運転手(写真右)
この時初めて教わりました。運転手付きのレンタカー。最初、意味が分からなかったがフィリピンでは運転も乱暴なためレンタカーと運転手を利用することが当たり前のようです

物売り娘

人懐っこい子供たち

スービック(ビーチ)思い出のフォト

2005年のゴールデンウィーク

初めてのフィリピンYouTube動画


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ダバオ旅行(名古屋発4泊5日)へつづく