恒例のフィリピンひとり旅だが今回は市川先輩と一緒に同行しての旅。マニラからバスとフェリーを利用した珍道中、途中アクシデントに見舞われるが何とか無事に帰国しました。


2023年4月版(総集編)
今回の旅は私を初めてフィリピンに連れて行ってくれた市川先輩と久々にマニラで合流し2人で珍道中が始まるコメディックな物語の日記となりますので購読よろしくお願いいたします。
初日 4/5(水)中部国際空港、発マニラ行き直行便
今日から待ちに待ったフィリピン旅行。自宅を朝9時半に出発。中部国際空港へ11時ごろ到着しました。飛行機はジェットスターで夜のフライト。
格安航空ジェットスターで旅立ち

なぜ早く出発したかというとコロナ抗原検査を受けなくてはならないため家を早くでました。木下サービスで何とか陰性証明がとれメールで送ってもらいました。
木下グループ新型コロナ検査センター

中部国際空港で時間をつぶし何とかマニラへ。乗客はガラガラでした。入国手続きですったもんだ。コロナ陰性証明が日本語バージョンだったため証明するのに大騒動。空港職員に囲まれて助けてもらった。チップは請求されなかった。
空港から黄色のタクシーに乗車。メーターを倒して走ってくれた。道はすいていたので370ペソでした。

今回、宿泊するマラテ・ペンション

アドリアティコ通りの前方に高層コンドがありますが、そのすぐ脇にあるのがマラテペンションです。
私の部屋は激安でエアコンはなし。そのかわり天井に扇風機が1台備え付けてありました。当然、宿代は激安でした。
それでも宿の中はお洒落でした。



そして宿の中には歴史を感じさせる写真がいくつも展示されていました。


どうやら昔の写真、場所はマニラ近郊だと思います。

2日目 4/6(木)
朝、赤城先生の経営するクリニックへPCR検査の予約を取りに行った。AM8時過ぎていたので赤城先生は待機していた。8時から17時まで検査を行っているとのこと。
私みたいにコロナワクチン無接種のための施設といえる。また肌の手入れのことも提案され検討することにした。
PCR検査STC Medical International Clinic

今回は帰国時にコロナ陰性証明が必要なのでクリニックへ帰国3日前に予約を取りに行った。医師は日本人の赤木先生、何かとたよりになります。
今回のフィリピン旅行は以前から親交のあった前畑氏のマニラ観光の案内を頼まれていたので私はガイドに徹することにした。
AM10時に前畑夫妻の滞在するパールガーデンホテルのロビーへ行く。朝食はよく利用するシティガーデンHOTELの1階のバイキング1人495ペソ(以前は350ペソ)ですることにしました。

食後タクシーに乗ってチャイナタウンとディビソリアへ行ったが閑散としていたことに驚いた。
以前、ディビソリアの屋台などをなくした情報はしっていたがチャイナタウンとディビソリアあまりにも静かなことにビックリしました。
後々わかったことですがどうもフィリピン国内で5連休のハリデータイムに突入したことを知ります。
チャイナタウン

閑散としたチャイナタウンの入り口で記念写真。彼らにとっては初めてのマニラだから違和感ないかもしれないが私には異常に思えた。
それから次にマニラ大聖堂へ連れて行ったら、そこはたくさんの観光客が来ていた。あまりにも差が大きい。閑散としているところと混雑している場所が極端だ。
マニラ大聖堂

大聖堂へ入る時、帽子を被っていたので注意された。神聖な場所に付き注意しないといけない。

フィリピンはカトリック教徒が殆どなので当然、教会などは連日賑わっているようだ。フィリピンはマゼラン上陸後キリスト教に改宗された歴史があります。もともとイスラム教徒だった影響で今でもミンダナオ方面では争いごとが生じるそうな。
このあと周辺を散策、カリエド駅付近にも行ったがいつもの賑わいはなかった。





ロビンソンマーケット
次に行った所がロビンソンマーケット。何か観光とは縁遠く感じるがマニラ旅するものにとっては欠かせない存在と思い、連れて行きました。また少し涼む意味もありました。
ところがロビンソンマーケットはクローズ、LRTも運行していない。主だった施設は殆ど休業状態。有名レストランや施設、殆ど休業状態とのことでした。

閑散としたロビンソンマーケットも珍しいものだ。仕方がないので今度はマニラ湾へ連れて行くことにした。毎年フィリピンでは4月初旬にホリデーウィークがあるがその時期はフィリピンに旅しても面白くないのが私の本音だ。
マニラ湾

世界三大夕日で有名なマニラ湾、ちょうど時間もよいタイミングだったので来ました。それにしても湾が、リニューアルされて随分と景色も変わりました。
湾の中には入らず歩道橋の上から夕陽を眺めていました。そして次はオカダマニラ
オカダマニラ
夜はオカダマニラのイタリアンレストランで食事をし噴水ショーを見学しました。時間は早かったがとてもきれいだったので感動した。

結局、外国人観光客が集まるところは営業し地元フィリピン人たちが集うスポット、全体的にマニラの町、至る所が閑散としていた。
噴水ショーはものの15分くらいで終わりホテル内を散策、そしてイタリアンレストランで乾杯。





オカダマニラを出た後はカウボーイグリルへ行ったがクローズだった。仕方がないのでオーストラリア人が集まるライブバンド(出会い系)Gポイントへ連れて行ったら2人は盛り上がっていた。

ビリヤードをプレーしたりテキーラ3杯も飲んだりしていたそうです。私はとても疲れていたので先に帰って寝てしまった。前畑夫妻はお酒が好きでよく飲むので早めに私は退散しました。

3日目 4/7(金)前畑夫妻のマニラ観光ガイド
朝、起きたら腰が痛くて立ち上がれないほどでした。昨日たくさん歩いた影響とマッサージのもみ返しのせいだと思う。
それでも昨夜、早く寝たおかげで早朝、目が覚め喉が異常に乾いていたためマクドナルドまでジュースを飲みに行った。パイナップルジュースとコーヒーフロートを飲み干し何とか落ち着く。
やはりエアコンのない部屋で過ごすことにより必要以上に水分補給が必要になると感じた。
マクドナルドでくつろいでいたら私のYouTubeを観ているファンから声がかかりました。名前は鴨沢さん。話が盛り上がり1時間くらい話し込んだ。彼は東京の池袋から来ていたみたいで明日、帰国すると言っていました。
11時になったらパールガーデンHOTELのロビーへ行き前畑夫妻と合流し今日の行動予定を話し合った結果、朝からグランドキャナルモール(イタリア村)へ行くことになった。
グランドキャナルモール(イタリア村)



しばらく散策しました。ひととおり一周し疲れたのでランチタイム。そこで食事をしながらゆっくり寛ぎました。




食事が終わったら今度はバクラランマーケットまでGrabタクシーで行った。バクラランには、たくさんのマーケットがあり多くの人で盛り上がっていた。

そしてマラテへ帰ってきてお互い小休止。別れて夕方ともに食事をすることになった。パールガーデンホテルの近く韓国系の焼肉へ行ったがあまり美味しいとは思わなかったけどまぁ、乾杯~

食事が終えて前畑夫妻と別れることになった。2人は早めに空港へ行くとのこと。明日の早朝、帰国する予定と言ってました。
彼らと別れた後、私は当然のことながらKTVを目指すことに。向かった先はロマンス!
本来なら前畑氏も行きたかったと思うが、何せ妻と一緒のため我慢してたのではないだろうか。以前は国内のPパブへ一緒に行ったこともあったが今回はタブーである。
KTVロマンス

ここは特にカラオケが好きな人向けのKTVだと思う。VIPルームはないし女の子たちは至って明るい性格の子が多いと感じている。私はいつもお気に入りの娘と同伴する。
また送迎スタッフもいるので何かと好都合だ。
店内には客が1人でもショータイムは開催する徹底ぶりだ。

結局、彼女たちを速攻指名して明日、同伴の約束を取り付けることにした。何故2人かというと彼女たちの警戒心をほぐす為の心くばりです。
最近、私も歳をとって爺になってきたので、少しは気を使わないと相手にされないのである。
ママさんはそんな私の気持ちをよく理解してくださってるのだ~

この日は朝から活動していたので、さすがの私も疲れ果てて送迎にホテルへ送ってもらい、おとなしく寝るのであった。

4/8(土)マニラからタクシーでラスピニャスまで移動
AMエドゼンへ両替に行った。4,095ペソで初日と変わらなかった。最近レートがよくない。円安の影響だろうか。5,000ペソ以上の時代を知っている私には物足りなさを感じた。
そして今度は私にフィリピンを初めて案内してくれた先輩、市川さんからTelが入り私のホテルに彼女と立ち寄りました。何か色々と問題があったようです。3人で日本食レストラン纏でランチを食べました。


食事が終わって市川先輩カップルと別れ、私はホテルへ帰ってタクシーを拾いラスピーニャスのユーロテルへ向かいました。黄色のタクシーのくせにメーターを倒さない。結局600ペソも支払った。
ホテルに到着したら大チョンボ。何と予約は明日になっていた。仕方がないので今日も泊まることにした。最近スマホの操作でチョンボが多い。
そういえば市川先輩もネグロス島行くための飛行機チケット間違って来月の日付でエントリーしてしまいキャンセル無効なためパァーにしてしまっている。そしてスマホの操作は彼女がしたそうな。若い人でも間違えるくらい複雑なサイトだと思う。
ユーロテル(ラスピーニャス)

ユーロテルはフィリピン各地に点在する、もともとラブホのイメージが強かったが、ここは全然そんなことはない、目の前にはSMモールがあり立地はすこぶる良い。そして部屋も綺麗だった。



ユーロテルは他でも利用したことがあるが、もっと暗いイメージがあった。それに比べここは明るいし申し分なかった。
しばらくしてロビーへ行き、ガイドを紹介してもらう様お願いをする。早速。運転手付きのガイドを今夜お願いできそうだ。即席ガイドに連れられて車でバンドがいる面白い韓国系レストランへ行ったがホリデータイムでバンドは中止。

仕方がないのでレストランで食事をしたがこれが最高に美味しかった。ツナと貝料理が圧巻でした。フィリピンにもこんな美味しい店があるとは。


その後結局どこも閉店しているということでガイドを中止。最初1000ペソのガイド料を500ペソに値下げガイドも納得してくれた。

4/9(日)市川さんと珍道中のはじまり…
AM市川さんが彼女とマラテからやってきて合流する。まずSMマートへ3人で食事に行く、丸亀うどんを食べたら最高に美味しかった。

最近、丸亀ウドンがフィリピンに進出してきているが特にラスピニャスのSMのウドンは他に比べ美味しかったと記憶しています。
ホテルの真ん前がSMモールということで便利がよい。
SMモール(ラスピニャス)

私たちが宿泊しているユーロテルの真ん前がSMモール、ラスピニャス。SMは他にもありました。そして大きなロビンソンマーケットもあります。
そしてモール内を少し歩きました。




しばらくSMモール内を散策してからホテルに戻りました。部屋へ戻ったら、ホテルの部屋でデスクワーク。明日からの旅日程を計画する。
市川さんの彼女は自宅へ帰ったようですが、夜は市川さんと2人で韓国の焼肉料理へ行った。若者であふれていて1時間くらい待たされた。どうも近隣では人気店らしい。

想像以上に焼肉の味は美味しかった。しかも食べ放題でリーズナブル、若者たちで賑わっている理由がわかりました。
ここはホテルを出て幹線道路を歩いて至近距離の場所。近くにカウボーイグリル(ライブハウス)もありましたしKTVも発見しました。

店内に入ってみると意外や意外、けっこう明るくてレストラン調のイメージです。それでも女の子はいましたが、ついマニラのKTV嬢たちと比較してしまいスルーすることにしました。
まもなくホテルに到着、夜は明日からの旅のため荷造りする。
市川先輩は飛行機でネグロス島へ行くことを諦め、私と一緒にフェリーで行くことを決意し、これから2人の珍道中が始まるのであった。

4/10(月)ラスピニャスから地獄の大移動
朝、ホテル周辺を散策。ホテルの目の前は幹線道路。その先はマニラ。先日のガイドと偶然フロントで会いモンテンルパのバスターミナルまで車で送ってもらうよう頼んだ。


そしてAM市川さんとともにモンテンルパのバスターミナルへ行きバタンガス行きのバスに乗車する。
バタンガスに着いたら早速、けっこう強引に客引きに誘われてバゴロド行のチケットを買わされる。値段は2700ペソ。これが間違いのもとだったと思う。

港のすぐ横の待合所で11時から夕方4時まで約5時間も待たされ、やがてジプニーが迎えに来たと思ったら、あるところまで長時間、乗り今度はバスが来たのでそれに乗せられる。
変な客引きに誘われて半日以上棒にふることになった。本来、フェリーの受付はこちら。

すぐ隣にはバタンガス港の受付があるというのに私たちは外でエアコンもない待合場所で数時間待たされる。しばらくしてバスが到着?そしてバスに乗り込みバスの中で2時間以上待たされた。

バスの中は無造作に荷物の山、そんな中で私たちは2時間以上も待たされつづけた。
それから今度はバスが走りだし何処へ行ったか記憶ないが相当の時間バスに揺られて、また港へ行きフェリーに乗船することになる。エアコンのない大部屋で寝ることになる。

何と寝室はプライバシーが守られない場所。フェリーの切符では一番安いランク。
それにしても高額の料金支払っていたので、せめて4人部屋くらいと想像していたが的外れだった。
ここまでの間に仲良くなったフィリピン人がいたので船内で一緒に食事をすることになった。
みんなで酒盛り。そして仲良くなったフィリピン人が差し入れに弁当と水を持ってきた。

これを食べた私は数時間後、食あたり。とんでもないトイレへ数十回通うことになってしまった。
フィリピンでは他人からもらったものは食べないと肝に銘じた。フェリーは明朝、カティクランの港に到着する予定だが私は食あたりのため一睡もできなかった。
そんな中、今度は一緒に食事したフィリピン人たちが私にあるオバさんを紹介してきた。

実は私たちはこれからネグロス島のバコロドまで行くのに言葉もよく話せない私たちにガイドをしてくれるというので結局その話にのることになった。

4/11(火)カティクランからバスでイロイロまでの地獄街道
朝、フェリーはカティクラン港へ到着。カティクランといえばボラカイ島へ行くボートの発着地点。船内で紹介してもらったオバさんは何とボラカイ島へ行くとの事。
私たちはカティクランで船から降りることになった。

私たちはバコロドまでフェリーで行くと思っていたが実はカティクランからイロイロまでバスで移動、そしてイロイロからボートでバコロドへ行くとの事だった。
ここからバスに乗って私たちは移動するのだが途中で乗り換えがあるらしい。オバさんの身内がバスの運転手で降りるときに教えてくれるらしい。たったそれだけのことで1人1,000ペソ2人で2,000ペソ払わされるハメになった。
それでも、ここまでの過程でオバさんには色々と電話をかけて調べてもらったこともあり私たちは仕方がないと判断するのであった。まぁ、仕方がない、言葉が殆ど通じないのだから。フィリピンでは異常に親切にしてくる人には要注意。

これからバスでイロイロまでの長い道のりの始まり。不安材料として食あたりがまだ治っていない。はたしてバスで長時間、移動することができるか心配だ。
そして今までの過程で知り合ったおばさんの身内がガイドをすると言うことで私と市川さんに1000ペソずつチップを払うように言われた。紹介されたガイド(バスの運転手)は大したことをしていないのに金だけ払わされた模様。

バスでイロイロまで行くが朝、出発して到着したのは夕方。途中何度も腹痛に悩まされ体力も限界にきていた。乗客がたくさん乗車しているなか私は腹痛が抑えきれず強引にバスを止めてもらって野グソする始末。恥ずかしいったらありゃしない…
イロイロに着いてからフィリピン人の観光客グループに助けられ彼らと一緒に今度はイロイロ港へ行くのであった。この時のフィリピン人は普通の観光客のようだった。
彼らは交渉が上手だ。トライシクル1台500ペソで交渉して私たち全員それに乗り港へ向かった。


トライシクルは割り勘で1人80ペソ、リーダー的存在の彼が話をまとめる。そしてトライシクルに乗ってイロイロ港に到着するが、個人的思いはイロイロの街を散策したかったが食あたりのため、それもままならない。
それからまもなくしてフェリーに乗船して2時間くらいでバコロドに到着するのだった。イロイロからバコロドはそんなに遠くはない、バコロドはネグロス島の州都である。



港に着いたら市川先輩とそこで別れることにした。先輩はどうもバコロド在住の彼女がおり、まもなく迎えに来るそうだ。私は腹の具合がおかしく、またいつもよおすか分からないので先にホテルへ直行するのであった。
バゴロドのホテルへトライシクルで直行。

ラスピニャスを出発して2日後、何とかバコロドのホテルに到着しました。今日、息子にエントリーしてもらったホテルだ。私は食あたりでスマホの操作なんかできる状態じゃなかったので急遽、日本にいる息子にSOS電話をしてエントリーしてもらったホテルだ。
HOTEL

無事ホテルにチェックイン。とりあえず部屋の中をチェックしたが、しばらくして旅の疲れと食あたりがまだ続いているので安静にしていた。


部屋で少し休んだら体力も少し回復してきたのでホテルの外へ出て周りを見渡したら結構、都会的ムード、大きな道路が走っていて少し路地へ入ったところがホテルである。

少し近辺を散策したが体調が今一だったので部屋へもどり休息した。

4/12(水)バコロドで市川ファミリーと合流
午前中、フロントでガイド依頼の紙を見せて誰かガイドをしてくれる人を依頼したら、あいにく紹介できないが、ホテルスタッフがタクシーを紹介してくれて100ペソで案内してくれと交渉してくれ私は何とかガイドを得ることに成功した。
バコロドは初めての地なのでお願いすることにしました。まず最初に連れて行ってもらったところが両替所。面白いことに路上に車を止めての営業スタイル。さすがに恐れ入りました。

初めてのバコロド、右も左もわからないのでガイドに頼るしかなかった。体調が良ければ自力で探すのだが、そしてブログ記事でみつけた夜の繁華街、ゴールデンフィールズへつれていってもらいました。




何と周りはKTVやバー、ディスコなどがたくさん立ち並んでいました。ここは是非、夜に訪れようと思いました。
今夜は多分、市川先輩は彼女と一緒なので夜は何処へも出かけないと読み、私は昼間のうちに今夜のスポットを下調べしておくのでした。
最後に向かったのは巨大なSMマート。スターバックスの前で立ちすくんでいた時、市川さんから突然の電話。合流しようと言ってきたので会った。何ときれいな彼女とかわいい孫(女の子)を連れてきた。

なんともまぁ、若いお婆ちゃんだこと。フィリピンならではかと思いきや彼女は確か私が初めてフィリピンに渡航した時、市川先輩が連れていた彼女だと気づいた。
市川先輩は彼女の子供4人を大学まで卒業させる資金を提供した足長オジサンである。仲間内には市川さんも彼女に対しては太っ腹である。
その家族を見て思ったことは。市川さんがフェリーやバスを乗り継いでここまで苦労してやってきた意味がわかりました。相変わらず隅に置けないオヤジだ。
昼食を日本食レストランで食べたがそんなに美味しくはなかった。市川さんは味噌ラーメンを注文したが最悪だと言っていた。メニューがたくさんありすぎるレストランは味が今一と感じた。やはり専門店でなければと思い先日、ラスピーニャスの丸亀ウドンのことを思い出した。

食後、市川さんの彼女の案内でマニラ行のエアーチケットをSMの中にあるツーリストへ行き購入したが高かった。市川さん9000ペソ、私は1万ペソもした。
値段の違いは最初に市川さんが申し込んだときはその値段だったが私の順番がきたら同じ9000ペソでしたが、時間の超過とともに値段が1000ペソ値上がりしてしまった。LCCにはありがちなことかと諦めました。


チケット購入が終わったらSMモール内の両替所へ行った。場所は食品売り場の前に位置し、そういえばSMで両替するときは食品売り場の近くにあることが多い。

両替も終わったところで、これから市川さんが滞在しているホテルへみんなで向かった。SMマートから徒歩圏内で立地は最高。どうも彼女がエントリーしたらしい。私の滞在しているホテルより値段が安くてコスパがよい。
WESTOWN HOTEL

このホテルの名前はWESTOWN。部屋には大きな机やセーフティBOXが供えられ冷蔵庫もあった。私の部屋にはないものばかり。さすが現地の彼女はよくわかっている。市川先輩はすべて彼女に「おんぶにだっこ」状態。
ホテルの部屋




このホテルは確か1泊1,500ペソだったはず。デスクが大きくセーティBOXもあり、そして冷蔵庫もあったはず。SMモールへは徒歩圏内で最高のパフォーマンスだと確信した。
そして私の想像どおり市川先輩は夜、出歩かないと言うので、私はこのへんで退散することにした。私は間もなくしてから自分のホテルへ帰ることに、少し距離があるのでタクシーを利用した。
ローカルのタクシーは明朗会計なので安心できる。
ホテルに着いてから少し休憩、まだお腹の調子が今一だったけど夜になった外出する。少しホテル周辺を歩いたら立派なSPAを見つけ入店する。
SPA Natura






場所はビルの2階で設備は最高だった。マッサージが終わったら近所の日本食レストランへ行きお好み焼きを食べた。日本人娘が2人で働いていた。家族経営、母親と娘2人で妹はYouTubeを始めたと言っていた。


昨夜、散歩がてら下見に来た日本食レストラン。母と娘2人、そして父親が東京に在住しているとの事でした。食事が終わってから今度はタクシーに乗って昼間下見したゴールデンフィズへ行く。タクシーの運転士がしきりに置屋を紹介しようとする。途中通りかかったが今一の感。KTVへ行くように指示をし入店する。


そこはナイトクラブのようでポールもあった。2人の彼女を指名しカラオケルームに通され何曲か歌ったりした。料金は4000ペソポッキリで1時間。何か高いと感じたがあきらめた。
マニラのKTVと比べて女の子の質や会計などを比べると割高に感じたがローカルではよくある話だ。でもこの店はバーファインがあるらしい。私たちはカラオケVIPルームで歌を何曲か歌っていたがダイニングでは全裸の女性がポールダンスしたりしていた。

KTVを出て近辺を散策していると、生バンドの音がして吸い込まれるように入店した。リードボーカル2人の女性が盛り上げてくれリクエストしたら前で歌うように言われ調子に乗って舞台で歌ったらものすごくうけた。
客のたくさんいるなかで盛り上がる。この店BARは最高に面白い。パフォーマーもいるし歌やダンスで盛り上がったいた。

飲食代も75ペソで格安。しかし私は店内に来ている女に声をかけられドリンクを1杯ご馳走したら370ペソ。2杯ご馳走したので740ペソ、プラス自分のドリンク代75ペソ。計815ぺソ。そして1000ペソ支払ってキープザチェンジで終わる。
やはりフィリピンでは楽しませてもらった分、支払いも比例した値段になることと認識した。

4/13(木)久々のマニラ
今日はマニラへ帰る日。朝、市川さんがホテルまで迎えに来てくれました。予定より1時間以上も早く来た。空港までタクシーで500ペソ(2人で割り勘)して行きました。途中、またお腹の具合が悪くなり空港までたどり着くまでガマンしつづけた。

空港に到着次第、用をたしてフライトまで時間があったので空港でマッサージ1時間フットマッサージをうけていた。マッサージ料金は450ペソ。500ペソ払ってキーブザ、チェンジで、ちょうどフライトギリギリだったため再度トイレへは行けず何とかなると思って搭乗した。

飛行機に乗ったはいいが、また案の定、何ともならず我慢しけれなくなり着陸体制にはいってから我慢の限界がきてトイレに行こうとしたらCAにキツく止められ一番前の席で待機していた。飛行機が着陸してからまたトイレに駆け込み用を足す始末。本当に今回の食あたりは半端ではなかった。
ニノイアキノ国際空港、第3ターミナルに到着しそこから黄色のタクシーに乗ってマラテ地区へ。
市川さんと2人で、料金はメーターで370ペソくらい。私と市川さん、ホテルはそれぞれ違った。私はロスマンホテル。市川さんはクラウンホテルだった。タクシー運転士には500ペソ支払いキープザ・チェンジで対応した。
ロスマンホテルにチェックインするが、ここでまたトラブル。何とアゴダでしっかりと予約したはずなのに1日しか予約されていない。明日の分は定額料金(高い)で予約し何とトータル5600ペソ(日本円14,000円)。
ホテルチェックイン後すぐ喉が渇いていたのでセブンイレブンへポカリスエットを買いに。どうも脱水症状一歩手前だったので早速の行動でした。昨夜はトイレに10回以上駆け込んでいたため普段めったに喉が渇くことがない私でもその時はそうでした。
PCR検査受けに
それから間もなくして予約してあったクリニックへ行きまず体重を測ったら6キロもやせていた(半分うれしい)。そしてPCR検査をし(数秒で終わる)続けて前から赤木先生に進められていた顔のシミなどをとるレーザー手術をしその間に陰性結果を知らされた。

顔のシミをとるレーザー手術が終わったらロビンソンマーケットへ行き、まずお腹にやさしいウドンを食べに丸亀製麺へ行き「かけうどん」を注文した。本日、初めての食事で少し元気になった。本日は下痢もひどかったので夜はおとなしくPm8時には爆睡(昨夜は一睡もできなかった)

4/14(金)マニラを象徴するスポットを案内
昨夜8時頃、爆睡したので今日は深夜3時に目が覚めた。早朝はファイルの整理や日記を書いたりして過ごした。
遅めの朝10時過ぎにマニラ湾へ散歩に出かける。今日は先日と違って中に入ることができました。持ち物検査もあります。

海岸を歩いているとブロガーがいた。海も綺麗になったようだ。でも昔みたいにアイスクリーム売りやマッサージは見当たらなかった。
少し歩くだけで息苦しくなり売店も何もないので水くらいは持参したほうが無難だと思ったが実は水の持ち込みは禁止との事、何か矛盾を感じた。
しばらくしてロビンソンマーケットへ行きココナツジュースを半分飲んだところでお腹には最悪とききすぐやめた。この後が怖い。

次に赤城先生のクリニックへ行き陰性証明をもらった。なんでも4月15日から新ルールでフィリピンから帰国する場合もすべての外国人が登録しなければいけないとのこと。本当にコロコロ変わるフィリピンに振り回されます。
そして昼下がり、今回一度も不健全な遊びはしていなかったがお腹の具合も少し治まり、ついLAカフェへ足を伸ばしてしまった。25歳の若い女性(それでも子持ち)と相性が合い3000ペソで交渉成立。


昼下がりの情事。少し落ち着いて休憩。女はすぐ帰らす。一緒にいると何か盗まれるんじゃないかと不安になるので終わったらすぐ帰ってもらう。これが私の流儀だ。
夕方になると以前から約束していたKTVロマンスのキャンディとアイの2人がホテルのロビーにやってきた。今夜は同伴デート。まず日本食レストランのタナベへ行った。値段の割には味はあまりおいしくないと思った。


私は鍋焼きうどん(腹の調子が悪いため)を注文したが丸亀うどんの方が安くて断然美味しいと思った。彼女たちはかつ丼と牛丼を注文したが量が多いため半分くらい残した。フィリピン人たちは胃袋が小さいため日本食には不向きかも…



食事も終わり外に出てみたら、もう暗くなっていた。目の前が治安の悪い公園だが、噴水の前で少し涼んでいた。

まもなくしてから彼女たちを引き連れて近辺散策。ロビンソンマーケットの方向へ向かって歩いて行った。そしてスタバでコーヒータイム。彼女たちが言った。「日本人は食事の後に必ずコーヒーを飲むのネ」と。フィリピン人にすれば興味ある習慣と思ったのでしょう。
食後のコーヒーは日本文化


コーヒータイムが終わったら店へKTVロマンスへ同伴出勤。店内ではカラオケで盛り上がり楽しかった。そしてショータイムも客数に関係なく行われる。

1セット飲み終えたらロマンスの送迎スタッフが2件目、姉妹店の〇〇へ連れて行ってくれた。昔、ロマンスで働いていた歌の上手なサチがいるとのこと。

約4年ぶりに会うサチ(写真左)は以前ロマンスで働いていた。彼女は歌が上手でプロ級のシンガーだった。店は満員でカラオケで盛り上がっていた。私も歌おうとしたが順番がなかなか廻ってこない。女の子たちの歌がたくさん入る中、忙しいときはお客優先にしたほうが良いと思った(感想)
結局、飲み終わったのは深夜0時。1セットで2軒のハシゴが限度だと感じた。私も年をとったものだ。ホテルへ帰り撮影した動画や写真を整理して爆睡。今回はお腹の具合もそんなに悪くなく楽しめたと思う。
415(土)名残惜しいマニラ
午前中は帰国の準備で荷造りしていた。これが結構大変なのです。チェックアウトは12時なのでギリギリまで時間を稼ぐつもりだ。11時半くらいにロビンソンマーケットのモスバーガーへいつも日本で注文しているホットドックを食べたが、パンが硬くて日本と比べ物にならない。
やはり食は日本だと確信する。食事が終わってホテルをチェックアウトしようとしたら市川さんから電話が入る。
なんでも今日は彼女がいないらしくヒマしてるとの事だったので市川さんが滞在中のマカティのホテル、ヘラルド・スイーツへ行くことになった。

私もこれから深夜まで時間をつぶさなければいけなかったのでスンナリOKした。本来ならマラテのサウナへ行って時間をつぶすはずだったのに、ちょうどタイミングがよかったと思っている。
市川先輩の部屋でフライトまで時間を潰し、その間市川さんとシネマスクエアへ行ったりして時間をつぶしていた。
私は最終的にヘラルドスイーツの市川さんの部屋で爆睡したそうな。夕食を市川さんと初はな亭でする。2000ペソする寿司の盛り合わせを注文したが食べきれなかった。

しばらくして私はKTV真珠の森へ行くことにした。市川先輩も誘ったが「行かない」と言うので1人でマカティの最後の夜を満喫することにした。市川先輩は2人の彼女にお金を使いすぎたためカラオケを断念したみたいだ。



今回の旅も最後は真珠の森でショータイムを観ながら終焉を迎えることになった。そしてそこから空港までGrabタクシーを手配してもらい第3ターミナルへ向かった。空港に到着してからはスムーズに事が運んだ。

ニノイアキノ国際空港ターミナル3から帰国します。長かったようであっという間の出来事に感じる旅でした。道中アクシデント等あったけど今となっては笑い話。私の旅はまだまだつづきます~。








