shimaTVアイランドの旅日記(2019年10月版 )

名古屋からフィリピンへ16日間の長期旅行。マニラ滞在後フェリーでミンダナオのシァルガオ島へ渡り、帰りはプロペラ飛行機でマカティに帰ってくる旅だった。

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2019年の10月フィリピンひとり旅はカビテ在住、友人でもある佐々木さんのガイドにより車で送迎してもらったり、マニラやマカティの道先案内によって楽に旅ができました。

マニラから始まりミンダナオのシァルガオ島、そして最後にマカティへ戻る私の定番スタイルで今回も無事、旅を終えることができました。一部始終をこの旅日記に記してありますので参考にしていただけたら幸いです。

空港到着、ガイドの送迎によりオカダマニラへ行く(初日)

今回の旅はマニラ在住の知り合いがいるので空港でのトラブルもなくとてもスムーズに事が運んだ。名古屋在住で私の近所の知り合い佐々木さん

彼が車で空港まで迎えに来てくれたおかげで前回のようなタクシーの運転士とトラブルはなかった。佐々木さんの車でパールレインHOTELまで送ってもらい前回の旅で仲良くなったユジンさんとホテルのロビーで待ち合わせ。

まず最初にEDZEN行って両替をしました

夕方6時ころ合流し、みんなで一緒にオカダマニラの噴水ショーを観に行きました。噴水ショーの時間は何と15分くらい、なんとその時間たまたまお腹がすいていたのでファーストフードで食事していたら、アっという間に終わってしまった(噴水ショー観れなかった)本当にばかげた話である。

オカダマニラ噴水ショーを待っていたが…

ショーは終わり今度は1時間待ちということで仕方なく諦めて帰りました。まさか15分で終わるとは思わず1時間くらいのつもりでいた事が災いしてしまった。

とりあえず3人でマラテの日本食レストラン田邊で食事をすることに。。。入店して食事が始まると隣の席の人に声をかけられたれてしまった。YouTubeいつも観ていますと・・

(メチャ嬉しかった)

過去、たまにはありましたが、それを見ていた佐々木さんとユジンさんがビックリ、60過ぎの親父がそんな風に声を掛けられビックリしていたようだ。確かに今現在チャンネル登録数が1万人を超え順調に登録者数は増えているようだが・・・

それにしても41歳の佐々木くんと22歳のユジンさんにしてみればカルチャーショックのようであった。

それから私に声をかけて頂いた人(私よりは若い)は上村さんといい名古屋の八事から来たとのことで盛り上がりました。連れの方は仙台からの渡航者で親しみやすい人でした。みんなで盛り上がり楽しいひと時を過ごすことができました。

上村さんたちも若い彼女たちをそれぞれ連れていました。これからどこへ行くか・・ タブーでしたので聞きませんでした。

食事が終わり我々はユジンさんの店へ同伴出勤、時間は10時を回っていました。たぶん会計は高くなると想定。案の定私たち男2人で6000ペソ、それでも延長はしませんでした。

カラオケの女の子を遅くまで連れまわした結果でした。飲み終わってから佐々木くんと別れホテルに帰り爆睡しました。

初日からハードスケジュールで大変でした。

矢印

日本人観光客に声をかけられ…(2日目)

今日は割とゆっくり寛ぎ滞在先のホテル、パールレーンの朝食をバイキング式で屋上レストランに・・

ここはYouTubeの撮影依頼をうけて2泊ロハでした。

このホテルで気に入った事はトイレがシャワー付きであったこと、フィリピンはよく渡航するが初めての経験でした。

また風呂にはバスタブが付いておりとても満足でした。午前中スリガオ行の船のチケット購入するためロビンソンマーケットの脇にある2GOトラベルへ行った。

何と直行便は無くブトゥワンまで行き、そこからバスで3時間くらいかかるとの事でした。確か去年くらいは出ていたような気がしたが結局、毎週金曜日に1本出ているだけとのことでした。時間は約36時間かかるとの事でした。とりあえず考えることに・・・

ホテルに帰る途中、昼食のためコンビニへ寄ってサンドイッチを食べていると、これまた今度は若い日本人男性に声をかけられた。

当然のことながらYouTube観てます・・と・・そこで、また話が盛り上がりコンビニで30分くらい会話が弾みました。

彼の名前は福間さん(将棋の達人)大阪からの渡航者、歳は29という。また彼も一人旅という。フィリピンへは3回目くらいのビギナーラック。2人の会話の結果、今から、まだ昼下がりのころLAカフェへ行くことに…

入店したら人はまだまばらであったが、しばらくすると込み合ってきました。私はすかさず声をかけ商談成立。彼は選り好みしてまだ決まらず。とりあえず彼と夜のカラオケの約束を交わし私はホテル一直線。

夕方になったので彼の泊まっているホテル、レッドプラネットへ行ったら早々に待ち構えていた。これからまずサウナへ行きマッサージをしてリフレッシュ、2人で纏という名の日本食レストランへ行った。

初めでだったが料理の味のよさにぞっこん半端なく美味しかった。その後カラオケ、グランドヨーコへ行く。

私は日本人好みの若い女の子を指名。何と彼は若いくせに違うPちゃん、どちらかというと日本的じゃあない娘を指名。後で聞いたら何と私の指名した女の子と迷ってたみたいだった。

全くシャレにならないが私の指名した娘は彼のほうが釣り合っていたと思う。後になっての笑い話になった。

カラオケが始まると彼が歌いだした。洋楽の新曲を上手に歌いこなす。私は目が点になってしまった。2人で洋楽の大バトル。びっくりしたのはフィリピン人のスタッフたちだったと思う。

オープンしたての月曜日っていうことで客数も少なく何曲も歌えました。2件目はロマンスへ行く。店は閑散としていた。

昨夜までマイケルジャクソンの物まね芸人たちが来ていて相当、盛り上がっていたみたいです。
それでも遅い時間に込み始めたりしてました。聞くところによりますとロマンスは女の子の対応がとても親切だった。

ロマンスは福間さんの紹介で初めて訪れたKTVで、これから何年も通うようになった。

ドリンク攻撃もなくスタッフたちは、まとまっていて経営者の気遣いを感じます。女の子たちの定着率も安定していてママの手腕を感じさせる。

年配者たちはこういう店選びをするとよいと思いました。本当に感じの良い店で値段もリーズナブルでした。

空港送迎

ロマンスを出てから福間さんと別れ私一人で歩いていると証拠にもなくまた客引きが誘ってきた。
120分で基本料金でよいという言葉にのって入店しました。この店でもYouTubeの視聴者から声かけられました。

本当に今回の旅は、こういう事が多い。あらためてネットの影響力を感じました。店の雰囲気は先ほどのロマンスと比べると今一だったが、指名した女の子の対応はまぁまぁでした。

以上で本日の活動に終止符をつけホテルに戻りました。

矢印

ホテル移動、パールレインからロスマンHOTELへ(3日目)

今日はホテルをチェックアウトして近所のロスマンHOTELに移動する日。朝食を済ませ午前中は部屋で動画ファイル等の整理、昼12時にチェックアウト。ホテルを移動します。ここは値段の割に部屋が綺麗で広い日本人向けのホテルでした。

実際、殆どの宿泊客は日本人で約7割が何と名古屋からの渡航者と聞く。このホテルに住んでいる男性、通称Tさんという人が私に声をかけてくれたので知り合えました。やはり私のYouTubeを観て頂いているとの事でした。ありがたい話です。

Tさんはフィリピン在住歴20年以上でしょうか。やっぱりこの国の諸事情はよくご存じで例えばフィリピン経済の事になると現在、中国や韓国による効果が非常に高いことや高層コンドミニアムの事なども指摘していました。

強度の地震がきたら何本のコンドがおれてしまうだろう、なんて恐ろしい話、していました。今回私のガイドを務めてくれた佐々木さんも全く同じ意見を述べていました。

夜になってから行動開始。今宵は1人で食事し初日に行ったカラオケへユジンさんに会いに行った。
2時間ほど飲んで店を変わる。前回も訪れたGポイントへ入店。ここは白人狙いのフィリピーナがよく来る出会い系バー、Gポイント相変わらずオーストラリア系が多い。ビリヤードをする連中が多く、まもなくバンド演奏が始まると客も増えてきました。

ここのバーの雰囲気はとても居心地がよく、私1人で飲んでいても全く自然に映るし外国人たちとのチョットしたコミニュケーションが楽しめる。

また演奏される曲も洋楽ヒットチャートに入っているものや古き良き思い出の曲、オールディーズ系など盛りだくさん。今日は若い女性3人組がリードボーカルを務め店内は一段と盛り上がっていた。

最初、私はカウンターにすわっていたが途中席を変わったら、たまたま隣に座っていた女性と仲良くなり意気投合、彼女は音楽好きなフィリピーナ。

話が盛り上がり2人でカウボーイグリル(フィリピンで有名なライブハウス)へ行くことに、店に入ると何とまた日本人の視聴者に声かけられました。

あの暗いところでよく気付くものだと感心、日本人女性を連れ添っていました。私の顔、目立つのでしょうか? 何か複雑な気持ち・・

小一時間程いたのでしょうか、また店を出て今度は日本食レストランへ、お腹いっぱい食べた頃はもう深夜2時を過ぎていました。それ以降の行動は想像にお任せします。

矢印

今日は水曜日、バクララン教会は満員御礼(4日目)

昨夜、遅かったのでゆっくり目の朝を迎えました。今日は朝から雨が降り注いでいました。午前中はホテルで執筆活動どこへも出かけませんでした。夜にはガイドの佐々木さんが彼女と車で来るとの事。

私は昼過ぎからロビンソンマーケット2GOトラベル船のチケットを買いに行きました。

値段は2,540ペソ、飛行機と値段の差はよくわからないけれども今回は船旅目的でしたので運賃のことは眼中にありませんでした。

チケット購入後、ホテルへ帰る途中いつもの露天商でサンダルを買う。当然むこうのいい値では買わず値切り倒して約半額近くまで交渉した。雨降る中ホテルに戻り夜のために部屋で待機する。

夜、佐々木さんたちが約1時間遅れで到着。当然のことながら今日は久しぶりの雨ということで当然渋滞だろうと思い、そのつもりで行動していたので気にならなかった。

まもなく到着後、佐々木さんの車で彼女と私の3人でバクララン教会へ行きました。今日は水曜日ということでミサのある日なので大勢の人だかりでした。

バクララン教会

それよりも特にビックリしたのがバクラランの名物、露天商が殆ど撤廃されて道ご広くなっていること、以前バクララン教会バクラランには数回訪れているので、その変貌ぶりには驚きました。

これじゃぁフィリピンらしさが全く消えてしまったような光景に映ります。マニラの市長が街のクリーン化にむけての政策との事。同じようなディビソリアも同じような状態です。

私が渡航しだした2005年頃はマニラ湾もすごかった。至る所に露天商またライブバンドなども夕方になると、さかんに盛り上がっていたのですが、ここも数年前に撤去されてしまった。

理由は海が汚れると云うことでした。

私はマニラ湾の夕日を眺めながらそんな場所で過ごすことが好きでした。時の流れはポルシェのように早いと感じる今日この頃・・

矢印

ロスマンHOTELに荷物を預けマニラ湾を散策(5日目)

今日はチェックアウトする日。午前中は執筆活動。ちょうど昼ぎりぎりまで部屋で過ごします。そういえば先日、知り合った視聴者である福間さんと今日の夜、約束をしていたがまだ連絡がない。何でも私とマカティの真珠の森へ行きたいと言っていた。

彼は確か今、ボラカイ島にいるはず。ホテルもとらずに私みたいに行き当たりばったりで行きました。フィリピン渡航歴3回目という若者だが英語は流暢であったので心配ないと思うのだが・・ 

多分、新しい彼女ができて遊んでいるかも・・こんな親父とつるむより、そっちのほうが圧倒的に楽しいはず。

フィリピンではよくあるパターン、別に彼に対してどうのこうの言うつもりはない。旅は自由であって誰にも束縛されないもの、旅行であればチームワークが必要だと思うが、旅は1人でするものですし旅行はツアーで友人や家族等で楽しむものという私の勝手な考え方・・・

夕方になったら1人でマニラ湾を散策する。歩いていたら4人連れの女性たちに話しかけ何処へ行くか聞いたら、これから出稼ぎでサウジアラビアへ行くと言っていた。フィリピン人たちが出稼ぎに行く国で一番、多いそうだ。

マニラ湾

その後、マニラ湾を歩いていたらマッサージ師が声をかけてきたので、歩き疲れた私はお願いすることにした。何でも本人は耳が不自由で娘が私の喋ったことを紙に書き、それをマッサージ師であるお父さんに見せて会話を成立させている。

この光景を見て少し目が潤む旅人の私(shimaアイランド)であった。

マッサージも終わりこれからエルミタの夜を満喫することに、行った店はカラオケKAI。お客はあまりいなかったけれどカラオケたくさん歌うことができました。別のお客もカラオケ好きな人で何曲か歌っていた。

シンガー

今宵はこの店1件で終わりホテルに預けてあった荷物を持ってまずマラテのサウナ山忠まで移動。ここはマッサージ付きで5時間までくつろげるとの事だったので船乗り場へ5時までに行くことを計算して11時頃チェックインした。

このサウナは設備が整っていてマッサージの後、仮眠室で4時頃まで爆睡しました。よほど疲れていたと思います。

矢印

本日フェリーで出発予定がアクシデント(6日目)

いよいよ出発、トンドの船乗り場ピア4までタクシーをとばす。早朝のため道路は空いていた。タクシー代は120ペソくらい。でも100ペソ何の抵抗もなく上乗せ料金を払う。トンド地区ということで危険料金込みと考えて割り切りました。

波止場についたことはよいのだが何と今日は出航中止という。頭が真っ白になってしまう。

アクシデント

やっと苦労してここまできたのに(ピア4)、そこで色々調べたらパラワン行とコロン行が今日出ているという。時間は昼過ぎと夕方、現在は早朝5時あまりにもギャップが大きく、やはり諦めて出直すことにしました。

実は出航中止の連絡メールが私の携帯に届いていたのだが、本人はそれを見ていなかった。英文だったため無視していたのが今回の原因でした。

結局またタクシーをとばして今度はマラテではなくパサイのネットワールドというホテルとサウナが一体化した施設があるとの事で(この情報は先日、佐々木さんから聞いたばかり)向かうことに、まもなく到着したけれど、ここでもまた問題が、午前11時にならないとチェックインできないとの事でした。

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今の時間は午前6時前、まだ時間は5時間もあります。それでも荷物は預かってくれるということだったので少しは楽になりました。荷物を預けて私は近辺散策をします。

何か大きな建物の前でビデオ撮影していたらガードマンが私の事を不審者と思ったのか、色々と尋問してきました。

理由は話せばすぐ納得してくれて2人で会話したり写真撮ったりしました。彼はちょうど休憩時間のようでした。話が盛り上がった後、私はマニラ湾の方へ歩いていきスターバックスがあったので入店。

中は数名の若者たちがパソコン操作をしきりなくしていた。この店は電源コンセントも用意してありWiFiも完備されています。スターバックスはここの店に限らずどこへ行っても若者たちがパソコンをいじっている。

何故かスマホではなくいつもパソコンである。基本的にスタバは料金が高い。ここでパソコンをさわるのがフィリピン人たちのステイタスのようにも映ってしまう。実際どうなのかはわかわないが…

店を出てからネットワールドへ戻る途中寄り道をして裏路地を歩いてみました。なんとなく平和そうで庶民の顔が幸せそうに映るのは私だけなのでしょうか、何か、昭和時代を思い起こすような光景が目に飛び込んでくる。

たまに声をかけられたり、私が持って歩く小型カメラにつぶやいている姿は確かに物珍し気に映るのだろう。さすがに私もこんなことはできないであろう。旅の恥は掻き捨て的な思考が私の頭によぎっているのでしょう。

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そんなことをしているうちに、ちょうどいい時間が訪れた。11時を少し回ったところ。やっとサウナにチェックイン。風呂に入りマッサージを受け日本食レストランでランチをすます。それから携帯電話などの充電をしたりパソコンで日記を書いていたりすると、また声だかかった。

今度はサウナ客からユーチューバーの嶋さんって私はまた感動に満ち溢れるとともにネットの偉大さに感銘をうけた。今度は30代後半くらいの若者から。さらにビックリしたことが彼もユーチューバーだということを知らされる。

彼は大田光星YouTuber。やはり私と似て旅が好きなようです。彼はフィリピンだけではなく東南アジアを旅してるとの事でした。

YouTubeを今年2019年の夏から始めたそうです。彼と色々と対談した話をお互い動画撮影してUPする予定です。彼は横浜在住ということでした。お互いライン交換して情報の享受を約束した。小一時間くらい話をして別れました。

その後、私は夜、ネットワールド近辺を歩いていたらローカルなカラオケを発見。

どうもビールハウス(ローカルなカラオケ)みたいな感じ。多分安いと思い入店して歌い始めるがカラオケ機械が故障。仕方がないので隣の店に移動した。カラオケ店が数軒立ち並んでいたので・・・

1時間くらい歌って、いよいよ船旅のスタート、トンド地区のピア4へ向かいます。今度は確認しているので大丈夫でしょう。トンドの船乗り場に着き、やっと乗船いよいよ船旅の始まりである。

目的地はシャリガオであるが、まず第一過程としてミンダナオ島のブトゥワンまで約36時間。

途中セブにもよるとの事。長い船旅の始まりである。船室は6人部屋フィリピン人2人組と何故かフィリピン女性。この狭い密室で2夜を共にするわけだが、まさか男女混合とは驚いた。船は深夜3時にマニラ湾を出航。

疲れていた私はすぐに爆睡。たぶん鼾もハンパじゃあなかったと思う。

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矢印

1人で初めての船旅、2GOトラベルのフェリーにて(7日目)

早朝6時頃、目を覚ますと何故か女性客は消えていた。多分私の夜の騒音が我慢できなかったのであろう。係員に言って部屋を変えてもらったのではないかと私の想像が頭をよぎる。なぜなら船の乗客は満員ではないからだと思う。

私たちの部屋は6人部屋なのに結果4人でした。料金が安い大部屋の方は満員のようだった。朝7時ごろアナウンスが入る。朝食の準備ができましたと、そして船内レストランへ行ったら何と凄い行列だった。

船は約36時間の長旅なので3食付いているようだ。長い行列を並んでいると何故か係員が私に話しかけてきて前へ誘導する。列の一番先頭に入れられ優先的に食事が与えられた。

cof

どうも私の泊まっている部屋は6人部屋なのでビップ対応なのかと勝手に想像してしまう。実際は私が高齢者だった理由だそうだ。それにしても大勢の乗客の中からよく私に声をかけられたものだと驚く次第であります。

朝食が終わって部屋に戻ります。本当は船内色々と見学したかったのだが部屋の荷物が気になって・・

それでも外出する時は貴重品等すべて携帯・カメラ・現金・パスポート・カード類などはセカンドバックに入れて常に持ち歩いていました。

1回5分のトレーニングで英会話の瞬発力を鍛える

やがて昼のランチが近づき準備をして食堂に行く。今度はフリーパスで列に並ばずにスルーして昼食を終えた。

しばらくすると周りが騒がしくなりどうやらカラオケ大会が始まった。司会者もいて観客もたくさんいる中でスタートした。どうも自由参加のようであった。

最初は歌も今一の人が多かったが時間の経過とともに上手な人たちが増えてきた。中にはプロ級クラスも何人か参加してきた。いつも驚かされるのは本当に歌がうまい人が多いことである。

私は喉が痛く、どうも昨夜、寒すぎたせいか風邪のようである。そして日本人が参加したとなれば乗船客ほとんどに知れ渡ってしまうなどの理由で聞き手に回って楽しんだ。

本当は参加したくてたまらなかったのですが・・

矢印

セブ島を経由してミンダナオ島のブトゥワンに到着(8日目)

翌日の早朝まもなく船はセブ港に到着。たくさんの人がここで降りて行った。そしてたくさんの人が船に乗り込んできた。

そして私の船室には新しい乗客(女性)が入ってきた。船室は私とその女性の2人きりになってしまった。複雑な気持ち…

その日の夕方には長かった船旅も終盤。ブトゥワン(ミンダナオ島)に到着する。同部屋の女性とは色々と話が弾んだ。彼女はカガヤンディオロへ行く予定だ。

時間は夕方6時、今日中にスリガオ入りしようと思っていたが、体のことも考え(風邪で熱)この町で1泊することに決めました。

港に到着したら早速トライシクルのお兄さんたちがセールスに来る。ホテルまでの送迎だが私は体調がよくなかったのでスンナリ任せることにした。こういった時、彼らはたよりになる。

そして安宿を紹介してもらい泊まることに。

部屋は何とカプセルのような狭さ、でも料金は1泊200ペソと破格だった。さすがトライシクルの兄さんは、よく知っている。私は明日、早朝に発つので問題なかった。

それでも私は体調悪い中せっかく来た新天地ブトゥワンの街を観たくて外出した。

ブトゥワンの夜

夜、散策しながら近くのホームセンターへ行き延長コードを購入しようとするのだが英語が全く通じない。マニラでは理解できる英語がこちらでは全く通じなくて苦労した。

矢印

ブトゥワンからスリガオ経由して最終目的地シァルガオ島へ(9日目)

夜が明けて朝6時すぎにスリガオに向けて宿を後にした。バスで約4時間くらいかかりスリガオに到着。

バスで2時間、スリガオの街を観察したかったがシァルガオ島行のボートの時間があまりなかったので今度はトライシクルで波止場まで、そしてフェリーで約2時間かけて最終目的地シアルガオ島に到着しました。

波止場に到着後またトライシクルで約30分くらいかけてホテルに向かうのでした。いつも思うことだがフィリピンの場合、主要都市は別としてローカルな地は必ず到着時の場所と市内の距離があることだ。

例えば飛行場、船着き場、バスターミナルなどがそうである。そこから市内へ行くのに必ずトライシクルやジプニーが必要になる。歩くことは殆どできない。たぶん彼らに仕事を与えるためのものだと私なりに判断している。

フィリピンの場合、労働人口があまりあるのでこういう対策をうっているのではと思います。他に産業がない理由でしょうか・・

到着した街はジェネラル・ルナ、宿は街の中心から少し離れていてトライシクルを利用しないといけない場所でした。

宿に到着して思ったことは、実際はコテージであり部屋が2つにLDK一人では広すぎました。各部屋にダブルベッドの2段が備えてありカギは内側からかけられるようになっていました。

ホテルにチェックイン、フロントには何と私の名前が記載されている黒板がある。少し気分よくした。部屋は最低2家族くらいゆうに泊まれる広い部屋だった。

実際、私は1人ですので1つの部屋は使用しませんでした。なぜこんなに広いところを予約したかといえば船旅が始まって約4日間くらい狭いベッドで寝て体調崩していたからなのです。

1泊1万円くらい出せばまぁまぁの所かなという思いでしたのでよく調べなかったのが原因です。

でもやっぱり広かった。また食器類もたくさんありガスコンロもありで欧米人好みの宿でした。実際、宿泊客は全員欧米系でした。到着した夜は静かにコテージで過ごしました。

矢印

無人島巡りプライベートツアーに参加、そしてCloud9(10日目)

次の日は早速アイランドホッピング巡りのツアーに参加し3つの無人島を回りました。ツアーといいましても私1人で船長とスタッフがついて3人の船出、値段は1500ペソと高めでした。

さぁ出発、船が出ましたら海は噂通り、すごく綺麗、何せ透明度抜群の海でした。ある無人島で日本人とフィリピン人の奥さん子供の家族連れに出会いました。子供が日本語を喋るのに驚かされて気が付きました。

またある無人島ではココナッツジュースを飲みましたがポカリスエットと同じような味がしました。またある無人島ではスコールにあい体がとっても冷えてしまいまた風邪が逆戻りする予感がしました。

ビーチでのスコールは本当に寒いです。そんな時は海に漬かるのが一番、私の経験上の話です。海はとてもきれいだったので潜ってみましたけど魚はいませんでした。

ツアーは約2時間くらいで終了しました。それであの値段は少し高いと思いましたがスタッフ2人で私一人のために船を出したのだから仕方がないと思いました。

こうしてみるとパラワンのエルニドのツアーと比べますとエルニドの方が圧倒的に上だなと思ってしまいましたが、エルニドの場合はツアー客が10人くらいいますので採算がとれると思います。

ツアーは朝から夕方そして昼食バーベキューもついています。特に昼食時には色々な国の人たちと交流が深まり楽しかった思い出があります。

午前中にツアーは終わり宿に戻ります。スコールで寒かったせいかまた咳が止まらない。風邪の再発かな、部屋でゆっくりと寛ぎ夕方になったらサーフィン見学に近くの海岸まで観に行った。

何といってもシャルガオ島はサーフィンが盛んなところ、殆ど欧米人でうめつくされフィリピンではないような感じ、サーファーたちはモーターバイクの脇にサーフボードをのせて海岸にやってくる。

何と面白いキャラクターかと思った。昔のエルニド・ボラカイなどを思い出す。この地もやがては透明度の高い海も失われアジア系の人たちで埋め尽くされるのでしょう。また街はビルに囲まれ景観はかわってしまうだろう。

私は本当によいタイミングで来たと思っている。欧米人たちはさらなる未知の楽園をまた探し求めるであろう。フィリピンにはまだ手付かずの自然がいっぱい存在するからです。

さてツアーも終わり部屋へ戻って少し横になっていたら寝てしまいました。気が付いたら夕方、
ちょうどサーファーたちが盛り上がっている頃です。すぐ近くに絶好のポイントがあるので早速、見学に行きました。

シァルガオで有名なCloud9。まぁ~いるいるたくさんのサーファーたちが、殆ど欧米人。何かヨーロッパへ旅行した気分になりました。サーフィンを見学するのに50ペソ払って絶好のポイントへ入りビデオ撮影。綺麗な夕日に心地よい海風、もう最高の気分で貴重な時間を消費しました。

しばらくして今度は夕食をとるため近くのレストランHANAWAへ行った。ここも最高にお洒落なレストランで客は欧米系ばかりでした。

欧米人たちに人気のお洒落なレストラン

結局、私みたいな親父が入るところではないと判断し、地元民たちがたむろしている食堂で食事しました。味は慣れたせいかとても美味しかった。

最近よく思うが地元民のいる食堂入りづらいと思うが、入ってみると意外と美味しく、またアットホームで心を和ませてくれる要素が強いと思いました。

食事した後は真っすぐ部屋へもどり静かに寝てしまいました。体調の事を考えると正解だった。今回は夜遊びする気がしない。私も年とともに落ち着き始めたのか、たまたま体調が悪かったため我慢したか自分自身よく理解していない。

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矢印

レンタルバイクで島内ドライブ(11日目)

翌日は朝からモーターバイクを借りて島内ドライブする。午前中でいったん宿へもどり昼寝したら
またあっという間に夕方に、そして少し遠いがシャリガオの中心地ダパという街までバイクで行く。

今夜は最後なので、つい夜遊びしようかなと思って色々回るが探し出せない。そういったところは地元のトライシクルのお兄さんに尋ねないとわからない仕組みになっている。

今までの経験上まず街の中心地には存在しない。どこか外れにあったりすもんだ。面倒くさいので部屋へ戻り様子を見ることに、そうこうしているうちに寝てしまった。

今回の旅は体調も悪かったせいか、がむしゃらに行動しなかった。どちらかというとマイペースであるがままに過ごしていたと思う。

前回まではとにかく時間が空いたら何処かへ出かける的な発想でしたが、今回は落ち着いて体力と相談しながらの旅でした。私も歳とともに行動量が限られてきていると実感しています。

そしてダパ(シャルガオの中心地)から宿のあるジェネラル・ルナへ帰る頃は日も沈み周りは暗くなっていた。暗い夜の山道を帰るとき道に何回か間違えてしまいとてもつらい思いをしました。何とか必死で宿のある町ルナまでたどり着く。

宿は中心地から少し離れているので今夜は町の中心のレストランに入店した。適当に入った店なのだが食事をしたら何とごはんの味がとても美味しかった。

フィリピンの米はパサパサなのに対してこのごはんは日本のごはんみたいで最高に美味しかった。ご飯が美味しいと当然、食事全体の満足度が増し忘れられない。

ただ1つ残念なのは店の名前を全然覚えていないということ。店の入り口付近でバーベキューしていたという記憶くらいしかありません。ただメイン通り沿いだったことは覚えています。

食事も終わり宿に帰ってくると海風に打たれたせいかすぐに眠くなって爆睡しました。

矢印

シァルガオ島を出発マカティへ、コンドミニアムにチェックイン(12日目)

翌朝、今日はマニラへ発つ日。朝、宿のスタッフたちが朝食中。午後1時にシャルガオの飛行場へ送迎するバンが来る予定です。

その間、宿の目の前にあるマッサージ店で足つぼマッサージをしてリラックスする。この店は朝8時からオープンしていた。

まもなくして空港へ送迎するバンが来たのでそれに乗って空港まで行きます。飛行機はプロペラ機で何と2時間もかかってマニラまで行った。

やはりプロペラ機なので遅いのでしょう。シャルガオの滑走路は小さいのでジェット機は乗り入れできないようです。航空会社はセブパシフィックでした。

まもなくマニラ第4ターミナル国内線に到着し前もってお願いしていた今回のガイド佐々木くんに迎えに来てもらいマカティのZENホーム(高層コンドミニアム)の部屋へ向かうのだが、いつものごとく大渋滞、到着時間が夕方6時のため最悪。

ホテル近辺まで車で何と3時間、そして宿の住所にたどり着くのにさらに1時間、佐々木くんも住まいはカビテなのでマニラの細かい地理はわからなかったのだろうか。

彼のイライラモードは続いた。

大渋滞のなか何とかホテルに到着した。ホテルというよりマカティの高層コンドミニアムの1室でチェックインが複雑で年寄りの私にはよく理解できない。

電話で担当スタッフを呼び出し何とか手続きを手伝ってもらった。1階受付で事務処理をすませ部屋に入室したのは夜10時回っていた。でもスタッフは本当に丁寧に対応してくれて助かりました。

それでも今宵の予定カラオケ真珠の森へ2人で向かった。今日は木曜日なのだが店は大繁盛。店内は満席で私たちは待合室でお酒を飲まされる始末。今日はどうもイベントみたいだ。

それでもまずショーアップだけは済ませてお互い好みのタレントを指名する。しばらくの間、待合室でお酒を飲んでいたがやがて2回のVIPルームに通される。

そこにもあぶれた客たちがお酒を飲んで屯している。どうもVIPルームを開放しているようだ。2階席は初めてでショータイムなどを見下ろす感じで観ていた。

90分1セットで時間が来たら店を出る。次に向かった先は少し前から話題になっているグリーンベルト2にあるハバナカフェ、そこが援交スポットという情報を得たからだ。以前からよく通った店だが全然、気が付かなかった。

ガイドをしてくれている佐々木さんとともに確認しに行く。そしたら案の定、もろに大当たり。ハバナカフェの前にくるとそれ風のママさんが日本語で声をかけてきた。

売春の斡旋である。どうも何人かの女の子を束ねていて私たち日本人に声かけてくる。最初は5000ペソから持ち掛けてくる。そんな高額な値段吹っ掛けられても百戦錬磨の私には通用しない。

早速、値引き交渉から始まり最終的に3000ペソまで落とした。1週間ぶりだったので、何とか手を打った。そのあとは佐々木さんに宿まで送ってもらい長い夜に終止符をうった。

ムホホホ~
1回5分のトレーニングで英会話の瞬発力を鍛える
矢印

ブルゴス通りで女から脅迫うける。フィリピン人をなめると怖い(13日目)

次の日はご存知のとおり昨夜遅かったので朝は遅め。宿といっても51階のコンドですが近所のコーヒショップでモーニング、味は最高に美味しかった。朝食後コンド近辺を散策。周辺地理を把握するためだ。

なんだかんだ言って歩いているとブルゴス通りに来てしまった。ここはマカティの有名な繁華街だ。夜になるとマッサージにかこつけて売春婦たちがたむろする場所だ。

さすがに昼間とあって通りは閑散としていた。歩いていると少しスペイン系の女が声をかけてきた。けっこう美人である。周りを見渡すと売春婦などは殆ど見当たらない。でも聞いてみると売春婦である。

不思議なことに私がスマホで撮影していることは相手も承知みたいだが、普通は自分の顔を隠すところだがこの女性はなんとポーズをとっている。

私は動画撮影させてもらったお礼として20ペソ払おうとしたが受け取らなかった。その代わり私を2,000ペソで買ってくれと言ってきた

私は昨夜の事もあり、さすがに体力が持たないし夕方には彼女が私の部屋にやってくる。なので断った瞬間、売春婦は急に怒り狂って私を警察に突き出すと言ってきた。私のプライベートをあなたはビデオ撮影したと、その件で警察に訴えると言ってくるのだ。

まぁ唖然とした私はその場を立ち去ろうとするが売春婦は諦める気配は全くない。私を買えば許してあげるというのだ。速足で逃げても逃げても追ってくる。とうとうコンドの下までついてきて大騒ぎする。

周りの目もあったので仕方なく諦めて撃沈される。まぁ確かにこういった因縁は最近増えているように見える。以前タクシーに乗った時もこんなことがあった。

マニラで動画撮影する時の注意点としてユーチューバーの方々に警告しておきたい気持ちだった。まぁこの国は何でもありの国だからしょうがないと言ってしまえばそれまでだが、これからは特に注意を払いたい。

事が終わり部屋で落ち着いているとまもなく彼女(カラオケラジューラの娘)が部屋にやってきた。まぁ状況的に全くその気にならず部屋で食事したり会話を楽しみ店に同伴するのであった。

また51階の窓から移る夜景はまるで宝石の箱のようだった。彼女と夜景をからめたビューは正にマニラの夜を象徴していた。

その後、カラオケラジューラに同伴することとなる。ラジューラで飲んだ後、店の送迎でブルゴス通りまで送ってもらった。これだけ疲れているにもかかわらず、またもう一軒カラオケに入店。

そこそこ楽しかったが惰性である。値段も店の割に高額だったため二度とはいくまい。ブルゴス通りのファミリーマートの隣のカラオケ店でした。やはり、リトル東京周辺のKTVと比較するのは間違いだ。

結局この日も遅くまで飲み歩き部屋に帰るのであった。我ながら63歳といえどタフだと感じる。

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名古屋から視聴者が来て合流、共にマカティの夜を満喫(14日目)

次の日の朝、YouTubeの視聴者であるOさんがわざわざマニラまで出てきてくれて共に行動することになる。たまたま私と同じ同郷、愛知県からの渡航してきた。

以前から名古屋で食事したり飲みに行ったりと交流はあった。まず2人で近所のコーヒーハウスでモーニングをする。

その後ブルゴス界隈を散歩して夜の約束して別れる。その間、私は深い眠りに落ちた。何せ毎晩、深夜まで飲んだくれていたため、相当、疲れていたのだろう。

夕方ころ目が覚めた頃、私の部屋にカラオケ真珠の森で先日、指名した娘が友達連れて私の部屋に来た。それからまもなく視聴者であるOさんも私の部屋に来て男女4人で盛り上がる。

今夜は彼女たちを連れて同伴するというのでみんなご機嫌だ。私たちもそれに賛同して盛り上がっていた。

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間もなく日も暮れはじめ窓の外が宝石色に輝きだした。それと同時に彼女たちもソワソワしだしてくる。

私はこれまで数名の女性を部屋に招待しているが夜景を魅せるとなぜか皆、うっとりとしだす。日本の女性ならともかくフィリピンの女性たちは新鮮な瞬間を迎えているのだろう。殆ど皆、初体験のはず。

やっぱり日本と比べると数10年タイムスリップしているのだろう。彼女たちが純粋に映るのだ。窓から移る夜景に酔いしれながら部屋をでて彼女たちの店に向かう。

食事は店の近くのジョリビーで済ませ8時頃入店する。飲み始めてからあっという間に1セット90分が過ぎてしまい延長する。けっこうドリンク攻撃うけるも1人約6000ペソ(日本円約13000円)くらいの請求書を差し出される。

日本に比べれば安いがその差は縮まっているような気がした。インフレのスピードが速くデフレ日本と、もう間もなく逆転しそうな気配さえ感じる今日この頃でした。

間もなく店を出て今度はOさん連れてグリーンベルトにあるカフェ・ハバナへ行った。せっかくわざわざ私とマニラの夜を体験したいと願う彼に少しでもいい思いしてくれたらと勝手な思い込みが私の中にあったからだ。

カフェに着いた頃は深夜12時を回っていたが音楽の音は鳴り響き沢山の人で賑わっている。この店は昔からよく通ったものだが最近、援助交際の場という噂が流れている。

先日、今回のガイドである佐々木さんとすでに立証済みである。早速、思惑通り日本語を流暢に話すママさん風的な彼女が私に話しかけてきた。「いい娘いるよ」って決まり文句を言ってくる。

最初の女は5000ペソでも私的には今一。Oさんも同じ考えのようだ。次に勧めてきたのが何と20歳の娘。よく見ると日本人風でけっこう可愛い。Oさんも同じ考えで即決。値段交渉は私がして5000ペソを3000ペソにディスカウントさせた。

これで交渉成立、タクシーで彼女とOさん私の3人で宿まで帰る。そこでOさんとは別れて会うことはなかった。私は1人で部屋に帰り眠るのであった。

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ガイドの佐々木ファミリーをコンドに招待、盛り上がる(15日目)

夜が明けていよいよ私の旅も終わりに近づく。午前中はコンドミニアムに併設されたプールサイド、いつものことながら私のお気に入りの場所で、すがすがしい朝を迎えていた。

朝、突然ガイドの佐々木さんから電話が入る。何も約束していなかったが私の部屋を観たいといってきた。また彼の彼女や子供、母親も連れてきたいと言うではないか。

どうも私のコンドに対する過大評価を彼は気にしていたらしい。そんな訳で皆揃って私の部屋に訪れた。彼女たちも御多聞にもれず私の部屋を観て感動している。

51階から見渡すマニラの全貌、写真などをしきりに撮りあう様子。たくさんの高層コンドミニアムが立ち並ぶマニラにおいて、地元フィリピン人たちは殆どが未知の世界。感動しまくっている。

これだけたくさんのコンドミニアムが立ち並ぶ中フィリピン人たちは殆ど購入していないのが現実のようだ。世界の富裕層たちが投資目的で購入しているという。

結局、佐々木さんとその家族一行は飽きることなく私の部屋で夜まで過ごした。夜景が映るころには皆、最高の喜びを味わっている様だった。本来ならフィリピンの人たちが購入して豊かな生活をエンジョイしなければ、いけないと思うのだが現実は厳しい。

この51階のビルから見渡すフィリピンの街は壮大で経済発展が著しく感じるのだが実際はそうでもないという意見をあちらこちらで頻繁に聞かされます。

私の目からは日本を追い越していっているようにしかみえないのである。今後の行方が興味深いものです。

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早いもので長かった旅も今日で終わり(最終日)

10月14日今日は帰国する日。早朝深夜に宿を出て空港に向かう。長かった16日間の旅も何かあっという間に過ぎ去っていく思いが強い。まもなく中国東方航空で上海経由で帰路につく。

毎回、同じようなスタイルで旅をしているが、このフィリピンという国は本当に面白い国だと飽きやまない。この国は日本では絶対あり得ない事がいとも簡単に体験できてしまう。フィリピン人の国民性ホスピタリティが病んだ私の心をとてつもなく癒してくれる。

何回、来ても飽きないし逆に勇気をもらえる。私の旅はまだ当分つづくでしょう。最後に一言。
この国に渡航する度に街の景色が変わってくる。古いものが失われ新しいものが芽生えてくる。
そのスピードがとてつもなく早いように感じます。

日本の古き良き時代、昭和の面影が見られなくなっていく寂しさを感じるのは私だけでしょうか。 読者のみなさまにも同じような思いをしている人が1人でもいてくだされば嬉しい限りです。

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